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東京地方裁判所 平成3年(ワ)17640号 判決 1992年6月30日

両事件原告 株式会社ジオス

右代表者代表取締役 大西正一郎

右訴訟代理人弁護士 江口英彦

両事件被告 株式会社イーシーシー

右代表者代表取締役 山口勇

右訴訟代理人弁護士 太田恒久

同 石川清隆

第一六五二六号事件被告 甲野一郎

第一七六四〇号事件被告 乙川二夫

右被告両名訴訟代理人弁護士 河本毅

主文

一  被告株式会社イーシーシー及び被告甲野一郎は連帯して原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成三年九月一日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告株式会社イーシーシー及び被告乙川二夫は連帯して原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成三年一一月二三日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決は第一項及び第二項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告株式会社イーシーシー及び被告甲野一郎は連帯して原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成三年九月一日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告株式会社イーシーシー及び被告乙川二夫は連帯して原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年一一月二三日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告会社従業員である被告個人両名が原告の業務を妨害する行為をしたが、その業務妨害行為は被告会社の事業の執行につきなされたことを理由に、被告ら全員に対し不法行為による損害賠償を請求するものである。

一  争いのない事実

1  原告と被告株式会社イーシーシー(以下「被告会社」という。)は、いずれも全国各地で英会話学校を経営している。

2  被告甲野一郎(以下「被告甲野」という。)は被告会社の総合企画課長補佐であり、被告乙川二夫(以下「被告乙川」という。)は被告会社枚方校の学監である。

3  被告甲野は、平成三年八月三一日午後一〇時三〇分頃、東京都新宿区<番地略>先の公道上の原告新宿校の導入看板に黒スプレーラッカーを吹きつけた(以下「本件行為」という。)。

4  被告乙川は、平成三年一一月一六日と同月一八日の各午前一〇時頃及び同月二二日の午後一時七分頃の三回にわたり(争いがないのはこの内の最後の一回だけであるが、証人岡山と<書証番号略>により前二回の事実も認める。)、大阪府枚方市<番地略>先の公道上に立て掛けてあった原告枚方校の立看板に、「警告 この広告物は屋外広告物条例違反です。すぐに撤去せよ。環境美化推進の為の市民グループ」と記載のある張り紙をした(以下「本件行為」という。)。

二  争点

1  被告甲野と被告乙川の右の行為によって、原告の業務が妨害される等の損害を被ったかどうか。

2  被告甲野と被告乙川の右の行為は、被告会社の業務の執行につきなされたものかどうか。

3  被告甲野と原告の第二事業部長門口忠祐(以下「門口」という。)との間で、平成三年八月三一日に和解が成立したことにより、原告の被告甲野と被告会社に対する損害賠償請求権は消滅したのかどうか。

4  損害額。

第三争点に対する判断

証拠(<書証番号略>、証人門口、証人山口、被告甲野、被告乙川)により次のとおり判断する。

一  被告会社の責任の有無

原告と被告会社とは競業関係にあり、いずれも全国各地において多数の英会話学校を経営しており、被告甲野及び被告乙川の両名(以下「被告両名」という。)が被告会社の幹部職員であるが、東京都内、埼玉県内、大阪府内、愛知県内等の原告の学校の看板に、平成三年、被告甲野が行ったのと同様に黒スプレーラッカーを吹きつけられ、又は被告乙川が貼ったのと同種の張り紙を貼られたことが複数回あった。被告乙川は張り紙の裏にボンドをつけて貼ったのであったが、同種の張り紙を複数枚持っていたし、他の看板に貼られた同種の張り紙の裏には予め接着剤が塗布してありワンタッチで貼れるように加工されていた。原告の職員門口忠祐(以下「門口」という。)が被告甲野の本件行為を目撃して警察への同行を求めた時には、直ちに現場を去ったもう一人の同行の者が居た。以上の事実を認めることができる。原告がクレジット会社と提携して客に支払わせた授業料の返還請求訴訟が提起されていることや道路交通法令や自治体の条例等に違反し通行の邪魔になる多数の看板を設置していることについて、日頃から同業者である被告会社の幹部職員が苦々しく思っていたことは想像に難くないが、そうだとしても被告両名の本件行為が全くの偶発的な私憤にかられた行為とするには無理がある。被告両名の本件行為が被告会社の組織的な計画の一環として行われたことを積極的に認めるには証拠は不十分である。しかし過当競争にある業界の中で不公正な競争を排除して生き残りのための各種の策を講ずることも広い意味で業務に含まれよう。被告会社の幹部職員であった被告両名は、日頃からフェアーではないと考えていた競業者である原告の違法な看板を毀損することによって、原告の不公正に対する抗議の意を表したのであったし、そのような行為が被告会社の業務のために有益であると考えて、本件行為に及んだのであった。とすると被告両名の本件行為は被告会社の事業の執行とは無関係ではなく、広い意味でこれと関連してなされたものと認めることができ、被告会社の責任を否定することができない。

二  原告の被った損害とその被害額

被告甲野が黒スプレーラッカーを吹きつけることによって汚した原告の看板は、公道である歩道上に置かれた高さ一二〇糎、幅七五糎、奥行七五糎の立方体の合成樹脂と金属製の看板であり、これによりこの置き看板は使用不能となったものと認める。原告は被告甲野の行為により、毀損され看板の製作費である金一八万八四九〇円(<書証番号略>)や慰謝料を含めると合計金三〇〇万円の損害を被ったと主張した。

被告乙川が張り紙をした原告の置き看板も高さ一五〇糎以上の合成樹脂と金属製の立方体であるが、この張り紙は剥離可能であり、看板が使用不能となったとまでは原告も主張していない。原告は、同種行為が続発したために、数日間にわたり、私立探偵を雇って張り込み調査をした結果、漸く被告乙川が行為者であることを突き止めることができたが、そのための私立探偵の報酬として金一〇三万円を要したが(<書証番号略>)、これや慰謝料を含めると被告乙川の行為による被害額は金一〇〇〇万円に達すると主張した。

しかし<書証番号略>は被告甲野が毀損した看板に代わる看板を製作した費用の請求書ではないし、<書証番号略>には通常あるべき明細の記載がない。とすると損害額に関する原告の主張をそのまま是認するわけにはいかないが、諸般の事情を斟酌するときは、被告両名の本件各行為により原告が被った損害は各金五〇万円とするのを相当とする。

三  和解の成否とその内容

被告会社と被告甲野は、被告甲野と門口との間で、本件行為の日に新宿警察署において、<書証番号略>記載のとおりに和解が成立した結果、原告の被告会社と被告甲野に対する損害賠償請求権は消滅したと主張し、原告は、右和解には原告会社と被告会社は関与していないし、被告甲野が門口においてこの書面に署名押印しなければ、その氏名所属を明かさないというのでやむなく応じたに過ぎないから和解は成立していないと反論した。

<書証番号略>の和解書は、新宿警察署において警察官の面前において作成され、被告甲野と門口の両名が署名押印したものである。とすると和解の成立を否定すべくもないが、その作成に至った経緯を考慮しつつ記載文言を検討すると、被告甲野が原告又は門口に対し、看板毀損行為を謝罪してその毀損看板の弁償を約する一方、門口は刑事告訴に及ばないことを約したものであって、そのような内容の和解が成立したものと認められる。そうするとこの和解によって、原告が被告会社及び被告甲野に対する民事上の損害賠償請求権までも放棄したものと認めることはできない。

第四結論

以上の次第で被告両名は原告に対し、不法行為による損害賠償として、それぞれ金五〇万円とそれに対する遅延損害金を支払う義務を負担し、被告会社は民法七一五条に基づき被告両名と共に合計金一〇〇万円の損害賠償義務を負担するから、原告の被告らに対する請求は右限度において理由がある。なお諸般の事情を考慮した結果、訴訟費用は全部被告らに負担させることとした。

(裁判官 高木新二郎)

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